1998年4月


4月19日

南北次官級会談は結局物別れに終わった. 北側が南の新政権に打撃を与えるためにわざと決裂させたという見方もある.

4月16日

KEDOによる軽水炉建設までの間の北に対する重油の援助を巡って北側は「アメリカが応じないならば我々は従来通りのやり方で行く」と核開発を進めることを示唆した.

4月15日

次官級会談は,北側が肥料50万トンを要求しているのに対し,韓国側は20万トンを主張.離散家族の捜索についても歩み寄りがない.

4月13日

次官級会談は,韓国側が離散家族の捜索についても話し合うことを求め延長された.

4月12日

昨日から始まった次官級会談では,食糧問題の延長として肥料の援助が話し合われた.

4月9日

韓国は,北側の提案通り,北京で11日から南北次官級会談に応じることを伝えた.

4月7日

韓国は,北側が提案した北京での南北次官級会談開催を朝鮮半島内に変更することを北側に打診した.

4月6日

北朝鮮側が提案してきた南北の次官級会談について,韓国側は北の提案に応じることを決めた.

4月4日

北側は,南北の次官級会談の開催を提案してきた.


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