若竹型


若竹(第2駆逐艦) (わかたけ)

1922年9月30日川崎神戸造船所で竣工→1944年3月30日パラオで空襲を受け沈没

呉竹(第4駆逐艦) (くれたけ)

1922年12月21日川崎神戸造船所で竣工→1944年12月30日バシー海峡で米潜の雷撃を受け沈没

早苗(第6駆逐艦) (さなえ)

1923年11月5日浦賀船渠で竣工→1943年11月15日セレベス海で米潜の雷撃を受け沈没

早蕨(第8駆逐艦) (さわらび)

1924年7月24日浦賀船渠で竣工→1932年12月5日膨湖諸島沖で荒天のため転覆沈没

朝顔(第10駆逐艦) (あさがお)

1923年5月10日石川島重工で竣工,終戦時残存→1945年8月22日下関海峡で触雷大破着底

夕顔(第12駆逐艦) (ゆうがお)

1924年5月31日石川島重工で竣工→1940年4月1日第46号哨戒艇に転籍

芙蓉(第16駆逐艦) (ふよう)

1923年3月16日藤永田造船所で竣工→1943年12月20日マニラ湾で米潜の雷撃を受け沈没

刈萱(第18駆逐艦) (かるかや)

1923年8月20日藤永田造船所で竣工→1944年5月10日バターン半島沖で米潜の雷撃を受け沈没

大正後半から昭和初期にかけて駆逐艦は番号で呼称された.


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