潜水艦は,排水量500t未満を波号(ハ号)潜水艦と名前をつけることになっていました.
日本海軍が小型の潜水艦に求めたのも敵艦隊の撃破能力でした. 小型の潜水艦は外洋での行動能力に制限を受けるので,敵の泊地に対する攻撃を実施しましたがほとんど成功していません. そこで敵艦隊が来航したときの防御兵器としての運用が考えられました. 大正時代には小型の潜水艦が多数建造されましたが,太平洋戦争中には上記のような理由から多数建造する前に終戦になってしまいました.
局地防衛用の潜水艦蛟龍には外洋航海能力がないので,適度な航海能力を持たせた戦時急造の水中高速潜水艦. 水中運動能力に優れていた. 79隻が計画されたが起工したのは39隻. 完成したのは波201-205,207-210,216の10隻であった.
陸軍の輸送小型潜水艦に影響を受けて建造された. 量産に向いた設計とされたが完成したのは波101-109,111の10隻であった.