潜水艦は,排水量1000t以上を伊号(イ号)潜水艦と名前をつけることになっていました.
伊号潜水艦は,巡潜型と海大型を基本に発展しました. 当初は巡潜型の航空機で敵艦隊の位置を確かめ,魚雷兵装の強力な海大型が攻撃をするという構想でしたが,潜水艦の発達により艦種を分ける必要がなくなり,甲,乙,丙の3つのタイプが建造されるようになりました. アメリカの戦艦に追い付けるだけの速力(21 kt 以上)を出せる様にしたため,騒音の発生が著しく潜水艦本来の秘匿性は犠牲とされました. 太平洋戦争では戦艦を主力とする艦隊決戦は起きることがなく,アメリカの対潜能力の高さから米艦隊への攻撃も失敗し逆に沈められることが多かったようです. 潜水艦の用途としては,通商破壊が最も有効であることからいっても日本海軍の潜水艦に対する認識は間違っていたといえるでしょう.
日本海軍の潜水艦は航空機を積めることが特徴で,これを発展させたのが特型です. また,水中高速力を追求した潜高大型もありました.
外洋での長期間にわたる行動を目的に開発された潜水艦. アメリカの西海岸までの往復行動が可能であった.
伊1,2,3,4,5の5隻がこの型に属する. 伊5はカタパルトを装備しており飛行機を搭載できたので巡潜1型改と呼ばれる.
巡潜I型の改良型でカタパルトを装備していた. 水上の速力が増したが航続距離は減ってしまった. 伊6の1隻だけが建造された.
巡潜I,II型とは異なり旗艦能力をもった大型潜水艦. 伊7,8の2隻が建造された.
海大型とは海軍大型潜水艦のこと. 速力と攻撃力に重点が置かれている. 昭和17年5月20日に伊75より番号が若いものは数字を100番台に変更している(例:伊68→伊168).
試作的な要素の強い潜水艦,伊51の1隻だけ建造された. 太平洋戦争前に除籍.
水上速力が 20 kt 以上の世界で初めての潜水艦. まだ試作艦の域を出ず,建造は伊52の1隻のみ.
海大型初の量産型. 伊53-60,63の9隻が建造された. 前期型4隻と後期型5隻に別れるのでIII型a,III型bと区分される.
海大III型の改良型. 伊61,62,64の3隻が建造された.
魚雷発射管が改良され隠密性が増した. 建造されたのは伊65-67の3隻.
ロンドン条約のもとで建造された条約型の潜水艦. 伊68-75の8隻が建造された. 前期型6隻と後期型2隻(排水量:1420 t(水上),2564 t(水中),兵装:12cm砲1門)に別れるのでVI型a,VI型bに区分される.
太平洋戦争中に建造された. 海大VI型bの改良型でもっとも実用性が高かった. 伊76,177-185の10隻が建造された.
巡潜III型の発展型で旗艦設備と航空機を搭載していた. 建造されたのは伊9-11の3隻.
製造の容易な機関に換装したもの. 建造されたのは伊12の1隻のみ.
特型の不足を補うために急遽改良され晴嵐2機を搭載した. 建造されたのは伊13,14の2隻.
甲型の旗艦設備を省いた潜水艦. 巡潜型の発展型で航空機を搭載していた. 伊15,17,19,21,23,25-39の20隻が建造された.
乙型の機関などを変えたもの. 伊40-45の6隻が建造された.
乙型の簡易建造型. 伊54,56,58の3隻が建造された.
海大型の発展型で魚雷兵装を強化してあった. 航空機はもっていない. 伊16,18,20,22,24,46,47,48の8隻が建造された. 甲標的や回天の母艦として使われることもあった.
乙型の船体を利用して建造されたもの. 伊52,53,55の3隻が建造された.
晴嵐3機を搭載しパナマ運河攻撃を目指した潜水空母ともいわれる大型潜水艦. 18隻が計画され完成したのは伊400,401,402の3隻のみ. ウルシー泊地攻撃の途中で終戦.
潜水艦の水中行動能力が低いことで被害が急増したことを反省し,水中で高速を出せることを目標に設計された潜水艦. 計画されたのは23隻であったが,起工されたのは8隻で完成したのは伊201,202,203の3隻であった. 実戦には参加していない.
機雷敷設用潜水艦. 太平洋戦争時には旧式化していた. 伊21-24の4隻が建造された. 後に艦番号は100番台に変更されている.
当初は奇襲上陸を行う目的で建造されたが,ガダルカナルでの戦訓を取り入れ物資搭載量を増やした輸送用潜水艦. 丁型ともいう. 伊361-373の13隻が建造された. 伊373は丁型改ともいう.
当初は飛行艇への燃料補給を目的に開発されたが,戦局の推移により計画を変更し離島への燃料補給を目的に建造された. 伊351の1隻のみ完成.
伊501から伊506までの潜水艦. ドイツ海軍のUボートなどを接収したもの. 詳細は各艦のデータを参照のこと.