館山市の宮城には,館山海軍航空隊(昭和5年6月1日開隊,現在は海上自衛隊館山航空基地),洲ノ埼海軍航空隊(昭和18年6月1日開隊)があったこともあり,数多くの防空壕や掩体壕がありました. 近年の宅地化により宮城地区の掩体壕は次々に壊され,残っているのは1つだけです. 香(こうやつ)地区の掩体壕は洲ノ埼航空隊の敷地の西端に位置しており,宮城地区のものよりも,大きさも高さもあるので大型機用のものと思われます.

掩体壕の全景. 大きさから考えると単発の航空機が入れられていたと考えられる. 以前は,写真奥に見える住宅付近に多くの掩体壕があった.

掩体壕正面.

掩体壕内部. 尾翼が入る部分が分かる.

掩体壕より外部を見る.

境界を示す標識のはず. 昔は文字が読み取れた.

洲ノ埼航空隊の滑走路跡. 今では道路になっている.


館山航空隊の水上機発着場の跡. 現在はヨットなどの置き場に使われている.

赤山の防空壕跡. 写真向かって左側の岸壁に防空壕の入口がある. 館山航空隊のすぐ裏手にあたり,本土決戦の際はここに立籠る予定であったと思われる. 現在は内部に入ることは困難であるが,中は二階建構造になっている.




香地区に残る掩体壕. 大型機用のものと思われる. 内部に水がたまっているので入ることはできなかった.

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